特集

生誕140年 吉田博

昨年生誕140年を迎えた新版画を代表する画家・吉田博。本格的な洋画からくる確かな描写力と、伝統的な木版技術を融合させた、鋭敏で繊細かつ詩情豊かな作品は国内外で高い評価を得ています。特に色彩表現に対する評価は高く、その微妙な陰影や透明感を表現するため、時には九十六度摺りという驚くべき手間がかけられています。版画家の吉田遠志吉田穂高は息子。

新版画 / Shin-Hanga

海外では高い芸術的評価を受けながらも、国内では衰退し顧みられる事もなくなっていた浮世絵版画の状況を憂いた浮世絵商・渡邊庄三郎が、自ら版元となって伝統木版画の復興と近代化を目指した大正新版画運動を展開。絵師・彫師・摺師の分業により、各々の技量が最大限に発揮された、精緻で美麗な完成度の高い作品を数多く生み出していきました。主な作家に伊東深水川瀬巴水高橋松亭橋口五葉吉田博などがいます。

”旅情詩人” 川瀬巴水 / Kawase Hasui

渡邊庄三郎が展開した新版画運動を、伊東深水らと共に牽引した川瀬巴水。日本の美しい風景を、叙情豊かに表現した作風から、”旅情詩人”、”旅の版画家”、”昭和の広重”などと呼ばれ、国際的にも浮世絵師・葛飾北斎歌川広重らと並ぶ人気を誇る、日本を代表する版画家です。

創作版画 / Sosaku-Hanga

明治末期、単なる複製手段となりつつあった伝統的な木版画の状況に危機感を募らせていた山本鼎らが中心となり、自画・自刻・自摺を骨子とする創造的な版画制作を呼びかける“創作版画運動”が起こります。それは明治40年に創刊された版画誌「方寸」や「月映」を端緒に、大正から昭和初期にかけて大きく花開き、現在の日本版画協会に至る近代日本版画隆盛の礎となりました。主な作家に恩地孝四郎平塚運一川上澄生谷中安規棟方志功藤牧義夫などがいます。

国芳が描いた役者たち / Actor prints by Kuniyoshi

第10回 EDO ART EXPOの期間中(9月22日~10月10日)、「国芳が描いた役者たち」と題して、浮世絵師・歌川国芳の役者絵や芝居絵を展示中です。

婦人グラフ / The Ladie's Graphic

大正13年(1924)6月~昭和3年(1928)3月にかけて、国際情報社から刊行された婦人雑誌。富裕層の女性をターゲットに、国内外で流行しているファッションやニュース、華族・名家の夫人や令嬢のグラビア、小説などを掲載、さらに多色摺木版画の挿絵やカラー写真を、一冊ごとに貼り込むという贅沢な作りの雑誌でした。表紙や挿絵を竹久夢二伊東深水恩地孝四郎、蕗谷虹児ら当時の人気作家たちが描き、女性たちから圧倒的な支持を得たものの、その贅沢な紙面作りが災いし、創刊からわずか4年7ヶ月後の第55号を最後に廃刊となりました。作家たちの描いた作品や装幀などの芸術性は勿論、当時の時代風俗や流行などを知る資料としても評価されています。

“現代の写楽” 弦屋光溪

1978年より22年間に渡り歌舞伎座で役者絵シリーズを手掛けた版画家・弦屋光溪。精緻な技術と大胆な構成の自画・自刻・自摺による木版画は、国内外で高い評価を得ています。役者絵から猫三連作、最新作「アルチンボルドに捧ぐ五題」までの木版画に加え、関連書籍を集めました。

武井武雄 刊本作品

日本を代表する童画家・武井武雄(1894-1983)が、昭和10年から亡くなるまで続けたのが、私刊本の豆本頒布(刊本作品)でした。一回毎に異なる印刷様式や、新技法による絵や文字、箱などの造本技術で”本の宝石”とまで呼ばれ、半世紀にわたる武井のライフワークとして全139点が生み出されました。

芹沢銈介 / Serizawa Keisuke

型絵染の創始者で、人間国宝にも認定された日本を代表する染織工芸家・芹沢銈介。穏やかで素朴な色彩と、力強い造形美で国内外で高い評価を受ける芹沢の、型絵染作品や絵本などを集めました。 ※「工藝」はこちらをご覧ください。

蔵書票 / Ex Libris

Ex Libris(エクス・リブリス)とは「誰それの蔵書から」という意味のラテン語で、書籍の見返しなどに貼られる所有者を示す小さな紙片の事です。ヨーロッパでは古くから多くの芸術家が手がけており、オディロン・ルドン最後の版画もエクス・リブリスでした。日本でも1922年に日本書票協会が設立される等して親しまれ、美術品として広く収集されています。

復刻版浮世絵 / Reprinted Ukiyo-e

オリジナルの浮世絵を元に描かれた版下絵から彫師が版木を彫り、その版木(主版・色版)を使って摺師が和紙に色を摺り重ねて完成させる、江戸時代から続く伝統的な技法で制作されている木版画。機械印刷とは全く異なる、手摺木版ならではの美しい色彩と風合いを持つ完成された美術作品です。

最後の浮世絵師 月岡芳年 / Tsukioka Yoshitoshi

江戸期の伝統的浮世絵に西洋の写実主義を加味し、詩情豊かな明治浮世絵を描いてみせたのが“最後の浮世絵師”と呼ばれる絵師、月岡芳年です。
熟達した画技と、師である歌川国芳にも劣らない、豊かなイマジネーションにより生み出された作品は、時代を超えた高い芸術性を有しています。

異国から来た絵師たち / Ukiyoe artist from abroad

明治末に来日したエミール・オルリク、バーサ・ラムらが日本の伝統的な技法で木版画を制作し、大正期に版元渡邊庄三郎がフリッツ・カペラリ、エリザベス・キースらを起用して新版画を制作するなどした、異国人絵師たちの描いた錦絵風の作品群が存在します。彼らの描いた、無国籍でありながらも伝統的な錦絵の風情が感じられる、不思議な魅力を持った作品は、国内外で高い評価を得ています。主な作家にヘレン・ハイド、リリアン・ミラー、チャールズ・バートレットノエル・ヌエットポール・ジャクレーなど。

泥絵(どろえ)

泥絵(別名:胡粉画)は、精製度の低い顔料と胡粉を混ぜた絵具(泥絵具)で描かれた不透明で重い質感からその名が付き、宝暦~天保年間(1751-1844)頃まで上方と江戸を中心に盛行しました。日本画や錦絵と異なり、洋風の構図や主題の作品が多く見られるのは、その重い質感が西洋の油絵具に見たてられているためです。一般的に泥絵は、単に泥絵具を用いた洋風構図の風景画と、舶来の覗き眼鏡を通して楽しむ眼鏡絵またはその流れを汲むもの、という二様の解釈がなされており、円山応挙が元祖の上方系の泥絵は左描きで、様々な仕掛けを施した眼鏡絵の色彩が濃いのに対して、司馬江漢が元祖の江戸系は覗き眼鏡自体の数が少なかったこともあってか、徐々に右描きの普通の風景画となっていきました。土産物として人気のあった江戸系の泥絵では、大名邸を画題としているものが多く見られます。

双六(すごろく) / Sugoroku

すごろく(雙六、双六)は、奈良時代以前には既に渡来していたボードゲームの一種です。元々は盤の駒を対座する相手陣内へ入れる盤双六(バックギャモン)の事を指しましたが、江戸時代に仏法双六や浄土双六から発展した絵双六が流行し、双六と言えば、ほぼ絵双六の事を指すようになりました。浮世絵版画の発達とも歩調を合わせた絵双六は、名だたる絵師が手がけ、画題も多岐に渡る事から、絵画的・資料的価値が高く評価されています。江戸・明治期の木版画を中心に、児童雑誌の付録などに使われた近代の画家による双六も合わせてご覧ください。

東京真画名所図解

26歳の若さでこの世を去った夭折の浮世絵師・井上安治(探景)の全134点からなる小判錦絵のシリーズ。明治14年(1881)頃から、安治の亡くなる明治22年(1889)と、その短い作画期を通して描かれた代表作で、刊行当時は、明治になり全国から上京してきた人々から、文明開化東京を伝えるものとして人気を集めました。元々は師である小林清親の”光線画”を継ぐ形で出されたもので、100点を越える東京風景を短期間で仕上げる必要性からか、清親の構図と同じ、もしくはそれに倣ったものが半数近く見られます。しっとりと情緒的な清親に対して、安治の作はより写実的で、西洋絵画の影響が強く見られます。

青い鳥楽譜

童謡「月の沙漠」などで知られる作曲家・佐々木すぐる(本名:佐々木英)が、大正13年(1924)から昭和初期にかけ、自らの作品を発表するため自費で出版した『青い鳥楽譜』が入荷しました。童画家・武井武雄などが担当している可愛らしいデザインの装幀も魅力です。

相撲絵 / sumo

古来より神事として、競技または娯楽として日本人に親しまれてきた“相撲”は、江戸時代の浮世絵でも「相撲絵」として、人気力士の取組みや着物姿などが数多く描かれました。現在も木下大門画により、江戸時代と同じ手法で「大相撲錦絵」が制作され、人気を博しています。